#CHOSEN_ONE 渡邊雄太の4年間

PART 6 ハワイでの頂上決戦

    強豪ウィチタ州大との決勝戦。右端に見えるのが渡邊選手

Photo courtesy of George Washington University Athletic Department     

2014年12月25日(木)。この日はハワイ州オアフ島ホノルルにあるハワイ大ホームアリーナ、スタン・シェリフ・センターで、6回目を迎えたダイヤモンドヘッド・クラシック決勝戦が行われた日です。渡邊雄太選手が所属するジョージ・ワシントン大(以下GW)が、強豪ウィチタ州大と王座をかけて対戦し、歴史を刻もうとしていました。

当日ハワイに行けなかったとはいえ、私は現地15時30分(日本時間26日8時30分)のティップオフを、東京でワクワクしながら待っていました。取材は無理でも、いまどき楽しむ方法はいろいろあります。ツイッターもあればライブスコアもあり、私は可能なメディアをすべて使い、試合の行方を追いかけました。

 

ティップオフ。GWはコア・フォーにシニアの秀才ジョン・コプリバを加えた上級生がスターターで、渡邊選手はベンチでした。ディフェンスは両チームともマンツーマンで、お互いの力をまずは真っ向からぶつかって試しているような感覚です。

アメリカのカレッジバスケットボールを楽しむ一つの方法として、対戦チームがどんなディフェンスをしてくるかに注目するというのがあります。マンツーマンであれゾーンであれ、ディフェンスでユニークなスタイルを築き上げることができたチームには、強豪相手に一泡ふかせるチャンスが巡ってきやすいからです。特にノンカンファレンス・ゲームが行われるシーズン前半のこの時期には、これが番狂わせのポイントとなることも少なくありません。

同じカンファレンスに所属しないチーム同士だと、お互いのスカウティングも十分行うのが難しく、実際に対峙してからでないとわからない強み・弱みがたくさんあって当然です。シーズン中に同じ枠組みで競わない上、1度しか当たらない可能性が高い相手に対する準備は、同カンファレンスのチームに対するそれとは異なる難しさがあります。

ハワイ遠征という特殊な環境は両者にとってさらにことを難しくしたはずです。見知らぬ土地で見知らぬ相手と戦う、一発勝負の決戦なのですから。

マイク・ロネガンHC率いるGWには、“伝家の宝刀”1-3-1ゾーン・ディフェンスがあるわけですが、これは勝負どころにとっておくつもりでしょう。それがいつやってくるのか。また、その中で渡邊選手がどんな役割を果たすのか…。非常に興味をそそられました。

ゲームは序盤、ウィチタ州大がやや優勢に見えました。GWはキーサン・サベージのレイアップで先制したものの、最初の5分間でターンオーバーを5回繰り返し得点を伸ばせません。

渡邊選手は、フレッド・ヴァンヴリート(現NBAトロント・ラプターズ)の2本のスリーでスコアボードが2-6となった前半約5分過ぎに声をかけられました。実際にコートに立った前半残り13分02秒の時点では、7-12と5点を追う状況。ロネガンHCはポイントガードのジョー・マクドナルドとセンターのケビン・ラーセンに代え、プレイメイカーのポール・ジョーゲンセンと渡邊選手という1年生コンビをコートに送り込んだのです。

渡邊選手がマッチアップしたのは1年生スモールフォワードのラシャード・ケリー(201㎝/95㎏)。当時203㎝、88㎏と登録されていた渡邊選手に比べると強靭さが際立つプレイヤーです。GWは、渡邊選手とケリーが競ったリバウンドのこぼれ球をジョーゲンセンが拾い、フロントコートに攻め入ってコプリバのレイアップをアシスト。ロネガンHCの起用がまずはよい流れを生み、9-12と3点差に迫りました。

しかしウィチタ州大はやはり強力です。執拗なディフェンスにもロン・ベイカー(現NBAニューヨーク・ニックス)がタフなゴール下のショットを沈め、逆にGWのオフェンスではタイトなボールプレッシャーでターンオーバーを誘発。ティケル・コットンがブレイクアウェイからこの日2本目のダンクを決め、GWは9-16とリードを広げられてしまいます。

オフェンスでの渡邊選手は、スクリーナーとして体を張りチャンスのきっかけ作りを積極的に行っていました。最初の得点機は前半残り10分40秒。トップでドリブルするジョーゲンセンのマッチアップに対しハイピック(フリースローラインとセンターラインの間の3PTライン近くの“高い位置”で行われるピックプレイ)を仕掛け、ドライブで相手をひきつけたジョーゲンセンからパスを受けてスリーを放ちました。残念ながらこのシュートはリムにはじかれましたが、シーズン開幕戦の終了間際に初めてスリーを成功させたのと似たパターンで、相手に脅威を与える一撃でした。

その後しばらく得点に絡むシーンはなかったものの、リバウンドに跳び、ボックスアウトに奮闘し、相手のパスを弾き、ベイカーのシュートコースをふさぎ…。全米ランキング11位にもひるまずアグレッシブな姿勢を見せ、チームワークの中で精力的な働きを見せます。


    これは米海軍の軍艦視察の様子。試合以外にも貴重な経験を積んだハワイ遠征でした  

Photo courtesy of George Washington University Athletic Department     

7点ビハインドの苦境に立たされたGWはターンオーバーが目立ち、オフェンスになかなか火がつきません。しかし、懸命なディフェンスでウィチタ州大をフリースローの1点だけにとどめる一方、ラーセンのゴール下レイバックをきっかけに、ジョーゲンセンとガリーノのスリーで前半残り6分50秒に17-17と試合を振り出しに戻します。そして同6分34秒にはサベージのフリースローで18-17。一気に流れをつかみ、この試合で初めてリードを奪うことに成功しました。

さらに主導権をつかみたいロネガンHCはここで動きました。サベージが2本目のフリースローを成功させたあと、例の1-3-1ゾーン・ディフェンスを指示したのです。渡邊選手は一度ベンチに下がりました。

この動きは結果として、意外にも点取り合戦の引き金となりました。ウィチタ州大はじっくり時間をかけてボールを回し、“ペイント”と呼ばれるオフェンスの3秒制限区域にドリブルパンチを入れ、陣形を崩しにかかります。強いプレッシャーにたびたび厳しい状況に追い詰められながら、ウィチタ州大はそれでもタフショットをねじ込み、さらにはスリーを高確率で決めて来ました。

ただ、GWも一歩も退きません。コプリバ、マクドナルド、そして渡邊選手も反撃に参加します。渡邊選手のこの日初得点は、23-25とウィチタ州大にリードを奪い返されたあとの前半残り3分24秒。トップでボールを持つガリーノとのハイピックから、一瞬にしてペイントに切れ込んで決めたランニング・レイアップでした。

 

このあと両チームは1本ずつスリーを成功させ、前半を28-28の同点で終えました。GWはここまでにターンオーバーを10も犯しており、そのミスから相手に12点を“プレゼント”する、一見苦しい展開です。それでも相手をロースコアに抑え同点にできたのは、ハーフコートのディフェンスで簡単にはよいシュートを許さなかったことと、オフェンス面でラーセンや渡邊選手がインサイドをアタックすることにより、アウトサイドのシュートが比較的オープンになり、それを高確率(スリーが7本中5本成功、成功率71.4%)で決められたのが大きな要因です。

渡邊選手はシュートを3度試みて1本成功の2得点。また、2本のディフェンシブ・リバウンドを奪っています。1-3-1ではコプリバのポジションを引き継ぎ、ベースライン際の広いエリアをカバーするゴール下を任されていました。個人的には、前半の1-3-1で渡邊選手をゴール下に起用したのはロネガンHCの好判断であり、試合全体の流れにおける一つの大きなカギであったようにも思います。(PART 7に続く

  

Takeshi Shibata

O-Media/Ocean Basketball Club