#CHOSEN_ONE 渡邊雄太の4年間

PART 7 ジャイアント・キラー

2014年12月25日、ダイヤモンドヘッド・クラシック決勝で強豪ウィチタ州大を破る大金星を挙げ、見事王座に就いたジョージ・ワシントン大の面々(渡邊選手はトロフィーの真後ろ)
2014年12月25日、ダイヤモンドヘッド・クラシック決勝で強豪ウィチタ州大を破る大金星を挙げ、見事王座に就いたジョージ・ワシントン大の面々(渡邊選手はトロフィーの真後ろ)

Photo courtesy of George Washington University Athletic Department     

前半戦を28-28の同点で終えたウィチタ州大とジョージ・ワシントン大(以下GW)の一戦は、後半も試合開始時と同じく、両チームともマンツーマンで立ち上がりました。ただし、ウィチタ州大はフルコートプレスでプレッシャーを高めていました。渡邊選手は後半開始時もベンチで、残り14分08秒にコートに姿を現しました。両チームともあまりシュートの確率が上がらず、ウィチタ州大のほうがロン・ベイカーのスリーとダリウス・カーターのレイアップで36-32とリードを広げた時点でしたが、このあたりから流れを振り返ってみましょう。

得点がほしいGWはビッグマンのケビン・ラーセンをインサイドに置き、ほかの4人がスリーポイントラインの外で4方向に広がる“4アウト1イン”の陣形からチャンスをうかがいます。渡邊選手もコーナー、ウイング、ときにはトップにも上がり、活発にオフェンスに参加していましたが、先に主導権をつかんだのはウィチタ州大でした。ここに来てスリーが決まり出したのです。

特に厳しかったのは、残り10分48秒にGWがベースラインからのインバウンドに失敗し、続いてディフェンスを2-3ゾーンに変えたあたりから。ウィチタ州大にオフェンス・リバウンドを立て続けに許し、2本連続スリーで37-45とされてしまいました。

 

この試合最大の8点差をつけられたGWは、たまらずタイムアウトを要求しました。残り時間は9分41秒。何とかこれ以上はなされないようにしなければ、危険な状態でした。

試合再開後の最初のシュート・チャンスは渡邊選手に巡ってきました。そして、速攻からのレイアップはボールが手につかなかったものの、ラーセンがオフェンシブ・リバウンドからのプットバックでファウルをもらい、フリースローで1点を返します(渡邊選手はここで一度ベンチに下がりましたが、わずかな時間でコートに復帰)。続いてラーセンがゴール下をねじ込みスコアボードが40-45とGW5点ビハインドとなったあと、GWはディフェンスを1-3-1ゾーンに切り替えました。渡邊選手は前半とはちがう、ゴールに向かって右側のウイングを担当しています。

 

そしてここから、伝説にもなりそうな反撃が始まります。

1-3-1に対し時間をかけて攻略の糸口を探るウィチタ州大は、GWの厳しいダブルチームにも冷静にパスをさばき、ダリウス・カーターがスリーを沈め40-48と再びリードを8点に戻します。しかしGWは次のオフェンスで、素早いボール運びから左コーナーで待つ渡邊選手につなぐと、思いきりよく放たれたスリーがみごとにゴールを居抜き43-48。

これに対しウィチタ州大も、すぐさまヴァンヴリートのドライビング・レイアップで引き離しますが、今度はキーサン・サベージがパワフルなポストムーブからレイアップで取り返し、45-50。前半もそうでしたが、GWの渡邊選手投入と1-3-1ゾーン開始が、点の取り合いの引き金となったような流れです。

1-3-1の右サイドで、渡邊選手は活発に動き回っています。サイズのある渡邊選手が広い範囲を動くので、ウィチタ州大はこのサイドでなかなかシュート・チャンスを作れません。そしてトップに戻そうとするかパスにサベージが鋭く反応。突き刺すようなパスカットでボールを奪い、逆速攻から2点を奪うビッグプレイが飛び出します。残り6分29秒、点差は47-50と3に縮まっていました。

それでも落ち着いた戦いぶりのウィチタ州大は、ハイポストでヴァンヴリートからのパスを受けたベイカーがきれいなジャンプシュートを沈めます。が、今度は渡邊選手が右ショートコーナーに攻め込んでジャンプシュートを返し49-52。一進一退の展開となりました。

次のディフェンスは再び渡邊選手の立つ右サイドにボールが展開されましたが、渡邊選手のアグレッシブな動きに、ウィチタ州大はボールをインサイドに入れることも、コーナーまで落とすこともできません。再びボールをトップに戻そうというパスに、またしてもサベージが襲いかかります。わずか50秒ほど前と同じようなスティールから、サベージはレイアップを決め51-52。点差はついに1となりました。

2分半程度の間にGWに11-4のランを許し、ウィチタ州大のグレッグ・マーシャルHCはさすがにタイムアウトを要求。体制を建て直しにかかりましたが…、ウィチタ州大のオフェンスから再開された最初のプレイで、GWはディフェンスを変化させました。バックコートからボールを運ぶヴァンヴリートを迎え撃ったのは、渡邊選手がトップに、しかもセンターラインをわずかに越えたあたりから立ちはだかる、超縦長1-3-1だったのです。


ESPNの優勝監督インタビューを受けるマイク・ロネガンHCは、渡邊選手を絶賛していました
ESPNの優勝監督インタビューを受けるマイク・ロネガンHCは、渡邊選手を絶賛していました

Photo courtesy of George Washington University Athletic Department     

現在NBAでプレイするヴァンヴリート(トロント・ラプターズ)は、身長が183㎝と登録されています。渡邊選手は当時203㎝となっていましたから、これはかなりのミスマッチです。起点となるポイントガードがトップからプレッシャーに煽られる状態となり、ウィチタ州大は明らかにボールまわしに支障を来していました。ベンチの指示にプレイヤーが応え、全員で立ちはだかったこのディフェンシブ・ポゼッションで、GWは35秒オーバータイムを勝ち取りました。相手は大ショック、そして自らに「いけるぞ」という自信をもたらしたプレイだったように思います。

残り時間4分38秒でメディアタイムアウトとなり、一旦流れが途絶えるかとも思われました。しかし両チームが1本ずつオフェンスの機会を逃したあと、残り4分を切ったところで、GW待望の逆転弾が飛び出します。それも渡邊選手のスリーという、日本のファンとしては願ってもない形。残り3分33秒、4アウト1インの陣形からサベージとガリーノのピック&ロールにあわせた渡邊選手が左ウイングから放った一撃は、美しい弧を画いてゴールに吸い込まれ、GWはついに54-52とリードを奪い返したのです。

 

この試合をライブで追っていたファンも少なくないと思いますが、この一撃で椅子から飛び上がった…という人もいたのではないでしょうか。何しろ、全米ランキング11位を相手に8点ビハインドの状態から、14-4のランで逆転する過程で、渡邊選手は8得点に加えディフェンス面でも大きな脅威となったのです。こうなったらもう、勝つしかない…、ガンバレ!! そんな気持ちでした。

 

2度ならず3度も1-3-1ゾーンに止められたウィチタ州大は、浮き足だった様子を隠せません。ベイカーのスリーが決まらず、逆にGWは残り2分50秒にラーセンが追い打ちのスリーを沈め57-52。次のウィチタ州大のオフェンスも例の超縦長1-3-1ゾーンの前にシュートミス。渡邊選手が豪快にディフェンシブ・リバウンドをむしり獲ります。

大金星が見えてきました…。

この超縦長1-3-1は大いにウィチタ州大を戸惑わせたようで、ウィチタ州大は次のオフェンスでもターンオーバー。一方GWは続くオフェンスで、マクドナルドがとどめとも言えるレイアップを決め59-52。残り1分06秒でリードは7点まで拡大していました。

緊迫感ただよう最後の約1分間、ウィチタ州大のフルコートプレスの前にGWはターンオーバーを2つ犯しましたが、失点を2でしのぎ、逆にサベージのフリースローで1点を加え60-54。このスコアがファイナルとなり、GWは是が非でも手にしたかった大金星、ビッグアップセットを成し遂げました。その中で渡邊選手は23分間出場し、フィールドゴールを7本中4本成功(うちスリーは4本中2本成功)させて自己最高タイの10得点(リバウンドも4本記録)と、バージニア大戦、コロラド大戦に続く自身3度目の2桁得点を記録しています。また、終盤の逆転劇における攻防両面での働きは、それがなければこの勝利はなかったと思える功績でした。試合後、「ユウタは素晴らしい働きをしてくれた」と大絶賛したロネガンHCの言葉は、決してお世辞ではなかったでしょう。

 

日本の若者がNCAAディビジョンⅠの男子バスケットボールで、トップランカーの一つに数えられる強豪相手のアップセットにおけるの立役者になるということが、正直なところ私には信じられない思いでした。その後、この試合のニュースは全米のメディアで続々と紹介されました。USAトゥデイ、ESPN、FOXスポーツ…。スポーツ・ブログサイトとして市民権を得ているSBネイションの記事には、「Domo Arigato Mr. Watanabe.」という一文もあります。

これはGWと渡邊選手がいまや、全米バスケットボール界における注目すべき存在にのしあがった証しです。NCAAデビューから2ヵ月、GWの躍進と渡邊選手のさらなる飛躍に、いよいよ期待が高まりました。何しろこれはまだ、始まりでしかなかったのですから。(PART 8に続く

 

関連リンク

ジョージ・ワシントン大コロニアルズ公式サイト

対ウィチタ州大戦詳細、ロネガンHCインタビュー音声他

http://www.gwsports.com/sports/m-baskbl/recaps/122614aab.html

SBネイションの戦評

https://www.midmajormadness.com/game-recaps/2014/12/25/7450225/ncaa-college-basketball-recap-george-washington-wichita-state-diamond-head-classic

 

Takeshi Shibata

O-Media/Ocean Basketball Club