#CHOSEN_ONE 渡邊雄太の4年間

ジョージ・ワシントン大時代を振り返る

PART 14 全米6位、バージニア大を撃破

試合終了直後、喜びを爆発させたパトリシオ・ガリーノと渡邊選手
試合終了直後、喜びを爆発させたパトリシオ・ガリーノと渡邊選手

Photo courtesy of George Washington University Athletic Department

2015-16シーズン序盤の注目の一戦


伝統的な強豪であり、2015-16シーズン第1週にも全米6位にランクされていたバージニア大を、ジョージ・ワシントン大(以下GW)がホームのチャールズE.スミス・センターに迎えての公式戦第2戦。2015年11月16日に開催されたこの試合は、NCAAバスケットボールのシーズン本格到来を告げる恒例企画『ESPN COLLEGE HOOPS TIP-OFF MARATHON』の一環として、全米に中継されたビッグゲームでした。

両大学のバスケットボールは、伝統的な実績で比較すればバージニア大が格上と言えるでしょう。ただしこの年のGWは、全米トップ25ランキングにこそ入っていなかったものの、人材とその経験値から評価が高く、この一戦は番狂わせもありうるとみるメディアもありました。

また、両校にはバスケットボールとは別の視点から、アメリカの国民に楽しみを提供する要素もありました。というのも両大学はお互いに、ワシントンD.C.とバージニア州というアメリカ建国の歴史上重要な隣接した地域にあり、「建国の父」と呼ばれる偉人にゆかりのある大学(GWは言わずもがな初代大統領ジョージ・ワシントンの遺志を基に創立され、バージニア大は第3代大統領トマス・ジェファーソンが創立した大学)だからです。

これに似た盛り上がりは、GWとジョージ・メイスン大の間にもあります。アトランティック10カンファレンス(以下A10)に所属する両校は毎年対戦機会があり、そのたびに「Revolutionary Rivalry(革命的闘争)」というタイトルを打ってお互いを鼓舞しあうのです。熱烈なライバル関係は全米のそこここに存在しますが、こと“建国の父がらみ”というのは、他地域では体験できない特別な雰囲気を生み出しているようです。

さらにこの試合には、日本から初めて、渡邊選手のご両親が応援に駆けつけていました。渡邊選手にとっては親孝行の最大の機会であり、ぜひとも強豪相手の注目の一戦で、勝利の瞬間とその中での自身の貢献ぶりを見てほしいと願わないはずはありません。

ジョージ・ワシントン大(以下GW)は3日前にラファイエット大を下し1勝0敗。対するバージニア大も同じく3日前にモーガン州立大を倒しており、両チームとも幸先良いスタートを切ったあと。いったいどんなドラマが待っているか…。私も東京で、通勤途中の電車内からインターネットラジオに耳を傾け、ワクワクしながらティップオフを待っていました。

 

パックラインを突破せよ


現地時間午後7時30分(日本時間11月17日午前8時30分)、注目の一戦が始まりました。

ティップオフは渡邊選手が勝ち、GWが最初の攻撃権を手にします。しかし序盤にペースをつかんだのはバージニア大。最初のディフェンスから厳しいマンツーマンでプレッシャーをかけてきました。

バージニア大のトニー・ベネットHCは、「パックライン」と呼ばれるユニークなディフェンスを敷くことで知られています。この戦術は、アウトサイドのボール保持者に徹底的にプレッシャーをかける一方で、他の4人は基本的にコンパクトに、インサイド寄りに漂うようなポジションでプレイするディフェンスと言えます。オフボールのディフェンダー4人が、彼らが「パックライン」と呼ぶ3Pラインよりも2フィート(約61㎝)内側の仮想の半円よりもゴール寄りにポジションを取り、ボールの動きに伴いそのラインから出入りするので、このような呼び名になったと言われています。アウトサイト・シューティングの脅威を減らし、一方でゴールへのドリブルドライブやローポストでのオフェンスを難しくさせるのが狙いであり、これを攻略しない限り、GWが金星を手にするのは厳しそうです。

両チームは前シーズンの2014年11月21日にも対戦しましたが、この時はバージニア大のホームアリーナで、当時全米ランク9位だった同大に対しGWはわずか42点しか奪えずに敗れています(最終スコアは42-59)。前半26-22とリードしながらの敗戦は健闘といえる結果であり、渡邊選手自身10得点を奪い存在感を示した試合ではありました。しかし、決定的な敗因として、特に後半パックライン・ディフェンスを攻略できず、フィールドゴールを24本中5本しか成功させられなかった事実があることは否めません。

対バージニア大戦を前に用意されたゲームノートから、渡邊選手の紹介ページ
対バージニア大戦を前に用意されたゲームノートから、渡邊選手の紹介ページ

激闘の前半戦

 

ティップオフ後、ゴールに向かって右コーナーでボールを受けた渡邊選手に、早々に執拗なプレッシャーが容赦なくかけられてきました。パックラインはベースライン際を絶対に破られないことを1つの鉄則とするシステムでもあり、渡邊選手はいきなりその洗礼を受けた形です。ターンオーバー…。そして続くバージニア大の攻撃では、右サイドから左サイドへと大きくボールをスイングされ、ベースライン際のカットインからいきなりアンソニー・ギル(現在ロシアの強豪クラブBCヒムキに所属)にダンクで先制されてしまいます。GWは続く2度の攻撃でジョー・マクドナルドとタイラー・キャバナーがターンオーバーを犯し、バージニア大に連続得点を許してしまいました。

開始から1分37秒でスコアは0-6とGW劣勢。しかも攻守3度ずつのポゼッションでGWがターンオーバー3に対しバージニア大はエースのマルコム・ブログドン(現ミルウォーキー・バックス、2016-17シーズンのNBA最優秀新人賞)がトランジションからレイアップを沈めるなどフィールドゴール3/3。やはり全米ランキング6位の壁は厚いか…、と下を向いてしまいそうな展開でした。

しかしキャバナーがフリースローを得、確実に2本決めたあと、GWに流れがやってきました。キャバナーは、バージニア大が所属するACC(アトランティック・コースト・カンファレンス)のウェイクフォレスト大からの転入生。同大時代に2度、バージニア大と対戦したことがありました。その経験、あるいはACCでそのレベルに日常的に囲まれてきた経験が、ここで生きたとも言えるでしょう。

開始から2分59秒、キャバナーがゴール下でレイアップを決め4-6とGWが追い上げます。このプレイは渡邊選手が右ウイングでボールを受け、ドリブル・パンチで制限区域への侵入を試みたプレイが起点となりました。渡邊選手はそこから右ローポストのケビン・ラーセンにパス。勝負をかけたラーセンはゴール下に押し込み、逆サイドからヘルプディフェンスが寄ってきた瞬間に、左ローポストでフリーになったキャバナーに絶妙のアシストパスを提供しました。

ここから点の取り合いの時間帯になりました。バージニア大はギルのレイアップで再び4点差に戻しましたが、今度はGWにキャバナーのダンクが飛び出し6-8。両チームが2点ずつを奪い合ったあと、渡邊選手のディフェンス・リバウンドで始まった攻撃で、ポール・ジョーゲンセン(現バトラー大)がジャンプショットを決め、残り13分6秒の時点で試合は10-10の振り出しに。そして、次のバージニア大のオフェンスが失敗に終わった後、GWはアレックス・ミトラの逆転スリーで13-10とし、この試合初めてリードを奪います。

このあと前半が終わるまで緊迫した攻防が続きますが、GWは終始リードを保ちました。残り3分17秒には、パトリシオ・ガリーノが速攻からダンクを叩き込み、31-22と点差は9に広がります。

渡邊選手は、16-16で迎えた残り9分1秒にフリースローを1本沈め、この日初得点を記録。前半はブログドンのショットをブロックし、リバウンドも5本つかむなど数字上はディフェンス面での貢献が目立っています。オフェンス面では前述のプレイのように得点に絡む起点になり、ミトラの逆転スリーも渡邊選手のいわゆる“ホッケー・アシスト”から生まれたものでした。フリースローを含めショットの感覚はあまり良くなかったようで、前半の得点はフリースローによる2得点のみでしたが、5リバウンド、1ブロックに加え、数字に表れにくいハッスルをたびたび見せていました。

前半は最後の約2分間にブログドンにダンクを含む6得点を奪われたものの、スコアはGWの35-32。5,025人の大観衆が見守るスミス・センターで、“番狂わせ”の可能性が現実的なものになってきました。

GWが互角以上に戦えた要因は、個人的に3点あると思います。ひとつは相手の3Pショットを10本中1本に封じ込めたペリメーターのディフェンス。マンツーマンで執拗に追いかけるGWのディフェンスは効果的でした。もうひとつは相手のパックラインに対してポストのラーセンをからめたフロントライン同士の連係、あるいはアウトサイドで待つシューターへのキックアウトで得点を生み出せたことが挙げられます。GWは9本中4本の3Pショットを成功させた一方、ポストプレイやドライブから制限区域内でのフィニッシュを強く狙い、得点を重ねました。どちらもパックラインでやらせてはいけないことです。

ショットチャート(各選手がいつ、どこからショットを狙ったかを記したデータ)を見ると、GWはほとんどすべてのショットを3Pエリアか制限区域内で放っていました。

つまり、やることが徹底していたということができます。その上、22-15と相手を上回ったリバウンドにおける奮闘も見逃せません。

GWはバージニア大に真っ向勝負を挑み、パックラインは自分たちには効かないぞ、頑張りあいでも負けないぞ、という強烈なメッセージをコート上で発信した形です。

前半戦のショットチャートを見ると、GW(右サイド)は3Pエリアと制限区域からゴールを狙っていたことが明白
前半戦のショットチャートを見ると、GW(右サイド)は3Pエリアと制限区域からゴールを狙っていたことが明白